江藤淳コレクション〈1〉史論 (ちくま学芸文庫)ダウンロード

江藤淳コレクション〈1〉史論 (ちくま学芸文庫)

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によって 江藤 淳
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内容(「BOOK」データベースより) 昭和を代表する批評家、江藤淳の作品のうち文明論的な歴史意識のもとに論じられた作品を収録。他者に対する責任感と使命感を鮮やかに描く「エデンの東にて」、政治・外交・軍事において虚構性と遊戯性がもたらす無責任を論じた「『ごっこ』の世界が終ったとき」、勝海舟や西郷隆盛ら明治という時代の建設者に共感を寄せる「“みンな敵がいい”の哲学」や「南洲残影」、アメリカによる日本の占領史と占領下における言語統制・検閲を克明に再現・解釈した「閉された言語空間」など。強靭な言語観に裏打ちされた鮮烈な論考のかずかず。 著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より) 江藤/淳 1933年生まれ、文芸評論家。1957年、慶応義塾大学卒業。1956年、結核療養中に『夏目漱石』を執筆、1958年『奴隷の思想を排す』で新進評論家としての地位を確立。1962年より2年間在米。1976年、芸術院賞受賞。1999年没 福田/和也 1960年生まれ。慶応義塾大学大学院修士課程修了。現在、慶応義塾大学環境情報学部助教授(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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悩んでしまう・・・ 勝海舟をリスペクトすべきか、それとも福沢諭吉をリスペクトすべきなのか。どちらを評価するかで維新の歴史は随分変わって見えるからだ。本書では、福沢諭吉が『痩我慢の説』(明治二十四年の冬)を書いて勝海舟と榎本武揚に呈示した経緯を紹介している。《・・・勝氏は予め必敗を期し、其未だ実際に敗れざるに先んじて自から自家の大権を投棄し、・・・立国の要素たる痩我慢の士風を傷(そこの)うたるの責は免かる可からず。・・・独り怪しむ可きは、氏が維新の朝に曩(さ)きの敵国(薩長)の士人と竝立(ならびたつ)て得々名利の地位に居るの一時なり。・・・》佐幕派の身でありながら、討幕派の連中と寄り添うとは何事か!恥を知れ!というのが、福翁の意見である。一方、江藤淳氏は、本書で勝海舟を強く支持している。「国唯自亡」、つまり「国と云うものは、決して人が取りはしない。内からつぶして、西洋人に遣るのだ」「彼が引きうけた「役目」とは、いわば陰の役割、旧幕臣をとりまとめてその軽挙妄動をいましめ、国内分裂と内乱の可能性を未然につみとることであった。」「福沢の諸説とは逆に、勝の後半生は「我慢」の連続であった。この「我慢」こそが彼の「誠」である」平山洋著「福沢諭吉の真実」によれば、「いままで福沢の手によるとされた日清戦争前後からの「時事新報」の多くの無署名論説や漫言が、『福沢諭吉伝』の著者である石河幹明のものであり、それを彼が全集のなかにしのびこませ、伝記を書き上げた。」とある。日清戦争(1894年(明治27年)7月−1895年4月)前後・・・明治二十四年の冬は含まれるのだろうか?それとも、『痩我慢の説』は福翁自身の手によるものであり、賊軍の不満分子を手なづけ、内戦の芽を防ぐことに挺身した勝海舟像が間違っているのだろうか?それとも、本書の勝海舟像が正しいのだろうか?

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